今日の外出は、同居人さまに頼まれて医院にいつものアレルギーの薬を取りに行ったのと、チビ子と近場のドトールでココアブレイク、それから晩御飯の買出しに同居人さまとタマと3人でイ●ーヨーカドーの地下へ……、と出不精なわたしにしては時間差であっちこっち行った感じがします。その前に午前中は仕事も行きました。
うちの中がまた少しギクシャクしてきちゃいまして、チビ子だけ連れてドトールへ行ったのも、家の中じゃゆっくり落ち着いて話を聞いてあげられないと思ったから……(他のみんなはまたゲームでもしに行ってるんだろう、と思っていたようですが)。アイスココア一杯ずつと、お代わりにホットココア(チビ子),ホット珈琲(アメリカン)を飲みながら、普段出来なかった分までお話をしました。チビ子もいろいろ抑圧があるのね……。わたしが5年生だった時は、こうやって母とふたりになってじっくり話したりも出来なかったなぁ。いつも好きでひとりでいたからね。誰かに話したいなんてあんまり思わなかったし。うちだけかもしれないけど、言いたいことを言って、「それは大変だったね」 とか、「よく我慢したね」 とかぽつぽつ返しているうちに、顔つきが少しずつ優しくなってくるのを見ると、ゆっくり話を聞いてもらうことって本当に大事なのかも……と感じました。
うちではあんまり込み入ったこと話さないし、言語以外の手段で感情を表すことがまだまだ多いチビ子ですが、決して言葉を持っていない訳じゃないんですよね。同居人さまは、やっとモモとの遣り取りに適正?な距離とか伝え方をしてくれるようになったけど、チビ子はまるで(対等に?まあ、実際全然対等じゃないし;)相手にされてない(ように、わたしには見える)。わたしが甘いから同居人さまが厳しくなるのも無理はないかもしれないんだけど……。社会の厳しさ、言動の責任、基本的な善悪等をビシッと言えるのはやっぱりそれなりの経験を積んでいないわたしには難しいから、わたしもつい人に判断を仰いでしまうのですが。
……てゆか、ひとの子の頭をボカっと殴らないでよっっ!! 父親なら当然なのかもしれないけど、こういう時、血の繋がりがないってことを意識してしまう。わたしの時代には父(母)親だけでなく、教師もよくコドモの頭をボカスカぶっ叩いてくれたものですが(元旦那も年に数回DVがありました)、わたしには 『恐怖』 『屈辱』 以外の何も残しませんでしたよ。今でも怖いし、それに心の奥ではよくもやりやがったな、と思えるくらいですから。問題は 『血の繋がり』 云々じゃないのは解かっているけど、わたしの抵抗はそんなことでしか表せられなかったり……。本当は自分が嫌なんです。思い出すから。あの時の惨めな気持ちを……。
親寄りの考えと、子供の頃の気持ちと両方がぐるぐる鬩ぎあってしまいます。
――なんか暗い話になってしまいました;
小学校ってやっぱり教師次第だよなあ……。
うちの中がまた少しギクシャクしてきちゃいまして、チビ子だけ連れてドトールへ行ったのも、家の中じゃゆっくり落ち着いて話を聞いてあげられないと思ったから……(他のみんなはまたゲームでもしに行ってるんだろう、と思っていたようですが)。アイスココア一杯ずつと、お代わりにホットココア(チビ子),ホット珈琲(アメリカン)を飲みながら、普段出来なかった分までお話をしました。チビ子もいろいろ抑圧があるのね……。わたしが5年生だった時は、こうやって母とふたりになってじっくり話したりも出来なかったなぁ。いつも好きでひとりでいたからね。誰かに話したいなんてあんまり思わなかったし。うちだけかもしれないけど、言いたいことを言って、「それは大変だったね」 とか、「よく我慢したね」 とかぽつぽつ返しているうちに、顔つきが少しずつ優しくなってくるのを見ると、ゆっくり話を聞いてもらうことって本当に大事なのかも……と感じました。
うちではあんまり込み入ったこと話さないし、言語以外の手段で感情を表すことがまだまだ多いチビ子ですが、決して言葉を持っていない訳じゃないんですよね。同居人さまは、やっとモモとの遣り取りに適正?な距離とか伝え方をしてくれるようになったけど、チビ子はまるで(対等に?まあ、実際全然対等じゃないし;)相手にされてない(ように、わたしには見える)。わたしが甘いから同居人さまが厳しくなるのも無理はないかもしれないんだけど……。社会の厳しさ、言動の責任、基本的な善悪等をビシッと言えるのはやっぱりそれなりの経験を積んでいないわたしには難しいから、わたしもつい人に判断を仰いでしまうのですが。
……てゆか、ひとの子の頭をボカっと殴らないでよっっ!! 父親なら当然なのかもしれないけど、こういう時、血の繋がりがないってことを意識してしまう。わたしの時代には父(母)親だけでなく、教師もよくコドモの頭をボカスカぶっ叩いてくれたものですが(元旦那も年に数回DVがありました)、わたしには 『恐怖』 『屈辱』 以外の何も残しませんでしたよ。今でも怖いし、それに心の奥ではよくもやりやがったな、と思えるくらいですから。問題は 『血の繋がり』 云々じゃないのは解かっているけど、わたしの抵抗はそんなことでしか表せられなかったり……。本当は自分が嫌なんです。思い出すから。あの時の惨めな気持ちを……。
親寄りの考えと、子供の頃の気持ちと両方がぐるぐる鬩ぎあってしまいます。
――なんか暗い話になってしまいました;
小学校ってやっぱり教師次第だよなあ……。
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