以前書いて削除した記事をもう一度もっと考えて書き直して
2016年10月18日 時事ニュース コメント (2) 元記事のネタは↓
https://allabout.co.jp/gm/gc/465855/
http://news.livedoor.com/article/detail/12144676/
「共生婚」という結婚生活についてのわたしの「直感的な」感情論だったのだけど、あまりに感情論過ぎて、一体誰と闘ってるの?状態になってしまったゆえ、日数掛けていろいろ考えることにした。
まず、「共生婚」というのを、「婚姻届を出して実質夫婦で、でも、同じ家に同居しているだけで実は共同生活を営んでいない、時々(自分の都合が合えば?気が向けば?)相手にも何かをしてあげたりして、普段はお互い独身時代とほぼ変わらない生活スタイルで暮らしている」というふうに受け取った。
基本的に一緒に食事したりしないし、部屋も別々、セックスもしないんだって。
わたしはそれを「さっさと表むき『結婚』というステージに上がることによって、本来の責任とか義務とかを一切負わないくせにしっかり五月蠅い世間からの風避けをしている」、要するにズルイ気持ちなんだ!とか思ってしまったんだけど、どうやらそれだけでもないかもね、と思いなおした。
何故なら1人だけがそういうスタイルを通したくても、結婚は2人の共通認識がないとできないからだ。
男女間でこれはそういう相手ってまず簡単に見付からないし(本当にそんな一致する人なんてそうそう見付からないと思う)、ちょっと話し合ったくらいじゃ本音なんて分からないし、いいな、と感じても実際面倒な手続きを根気強くこなしていったり、同じ屋根の下でそれぞれ独身生活するくらいだから、人間として信頼できない人とはやっぱりできないだろうし、まず女性側が「自分一人暮らしていける基盤」を持ってないと前提すら成り立たず。これは、ただ「惚れたはれた」で結婚するより何倍も大変。言い換えれば、惚れたはれたがあれば簡単なんですよねー。だから離婚も(略)。
なのに、お互い「このひとなら」と、こういう生活を続けて行くことに同意を取り付ける段階まで信頼を築き合う共同作業はしてきたんだから、これこそ「結婚するに値するふたり」のような気がする。
そして、わたしにはとってもできないと痛感した。
ということで、最初はかなりdisってたけどもうしません。
ただー。あんまりこういう結婚ばっかり増えるのもどうかな?とは思います。まあ増えないと思いますけど。だって、本能的に「子ども産みたい」って言う人のがまだ多いでしょう? 誰に頼まれなくても事情が許すならね。
最後にどうしても。引用の赤文字部分だけは、「そういうのを他人から見れば『自分勝手』というのですよ。」と、どうしてもそこだけは譲れなくて辛い。苦笑。そういう考えなら「自分達が納得していれば、満足していればそれでいいのだ」はその通りだと思います。
https://allabout.co.jp/gm/gc/465855/
http://news.livedoor.com/article/detail/12144676/
「共生婚」という結婚生活についてのわたしの「直感的な」感情論だったのだけど、あまりに感情論過ぎて、一体誰と闘ってるの?状態になってしまったゆえ、日数掛けていろいろ考えることにした。
まず、「共生婚」というのを、「婚姻届を出して実質夫婦で、でも、同じ家に同居しているだけで実は共同生活を営んでいない、時々(自分の都合が合えば?気が向けば?)相手にも何かをしてあげたりして、普段はお互い独身時代とほぼ変わらない生活スタイルで暮らしている」というふうに受け取った。
基本的に一緒に食事したりしないし、部屋も別々、セックスもしないんだって。
わたしはそれを「さっさと表むき『結婚』というステージに上がることによって、本来の責任とか義務とかを一切負わないくせにしっかり五月蠅い世間からの風避けをしている」、要するにズルイ気持ちなんだ!とか思ってしまったんだけど、どうやらそれだけでもないかもね、と思いなおした。
何故なら1人だけがそういうスタイルを通したくても、結婚は2人の共通認識がないとできないからだ。
男女間でこれはそういう相手ってまず簡単に見付からないし(本当にそんな一致する人なんてそうそう見付からないと思う)、ちょっと話し合ったくらいじゃ本音なんて分からないし、いいな、と感じても実際面倒な手続きを根気強くこなしていったり、同じ屋根の下でそれぞれ独身生活するくらいだから、人間として信頼できない人とはやっぱりできないだろうし、まず女性側が「自分一人暮らしていける基盤」を持ってないと前提すら成り立たず。これは、ただ「惚れたはれた」で結婚するより何倍も大変。言い換えれば、惚れたはれたがあれば簡単なんですよねー。だから離婚も(略)。
なのに、お互い「このひとなら」と、こういう生活を続けて行くことに同意を取り付ける段階まで信頼を築き合う共同作業はしてきたんだから、これこそ「結婚するに値するふたり」のような気がする。
そして、わたしにはとってもできないと痛感した。
ということで、最初はかなりdisってたけどもうしません。
ただー。あんまりこういう結婚ばっかり増えるのもどうかな?とは思います。まあ増えないと思いますけど。だって、本能的に「子ども産みたい」って言う人のがまだ多いでしょう? 誰に頼まれなくても事情が許すならね。
結婚の目的は人それぞれ。生活のためという人もいるだろうし、子どもがほしいからという人もいるだろう。相手を好きすぎて離れていたくないからという人もいれば、好きなときにセックスしたいからという人だっているかもしれない。
その中のひとつとして、「ひとりでいたくないから」「結婚しているということで自分を一人前だと認識できるから」「結婚しているという事実が自分の人生を落ち着かせるから」などと思う人たちが、どうやら「共生婚」を求めているようだ。
自分の人生は自分のもの。結婚することで配偶者という他人に、自分の時間や労力を奪われたくない。だけど、たったひとりで暮らしていくと気持ちが殺伐としすぎる。だからこそ、気の置けない共同生活を好むのだろう。
細い細い絆で、どこかゆるゆるとつながっている感があり、しかもまったく生々しくもなく、男女の情念など皆無の「共生婚」は、お互いに一歩踏み込まない分、精神的にラクなのだと想像はつく。婚姻届は出したものの、従来の「夫婦」のありようとはまったく違う。だが、誰に理解される必要もない。自分たちが納得していれば、満足していればそれでいいのだ。
もしかしたらこの「共生婚」、今後、増えていく可能性があるのではないだろうか
最後にどうしても。引用の赤文字部分だけは、「そういうのを他人から見れば『自分勝手』というのですよ。」と、どうしてもそこだけは譲れなくて辛い。苦笑。そういう考えなら「自分達が納得していれば、満足していればそれでいいのだ」はその通りだと思います。
コメント
私の意見では自分勝手だと思ってしまいます。
あ・・私と彼との関係なら納得です。
まあ・・籍を入れてないし。
但し、御互いの子供が出来たらねえ・・
だから、今の一夫一婦制に落ち着いたのかとも思うのです。
私達の様な既に子供が成長して後の老後を過ごしたいと思えば共生婚も有りなんでしょう。
が・・今後も彼とは籍を入れるつもりは有りませんけどね、苦笑。
籍って本当に自身としては超重たい存在でしたから。
抑止力は強大でしたし。
因みに私的な見解ですので悪しからずです。
こんにちは。コメントありがとうございます。
わたしも同じようなものだから仰ることは分かるような気がします。
なんか原点に帰って「人はなんで結婚するんだろう?」等も考えてしまいました。
その考えた中の一部に「社会に対して開かれる」っていう意味もあったんですよね。社会に対して新たに家庭を作って共同作業します、っていう意思表示みたいな。
だから周囲の大事な方々はその二人のこともそういうふうになるんだな、って見てると思うのです。それを悪く言ってしまえば「騙している」のがなんとも…。
「共生婚」って、2人だけの間でそれぞれが完結しちゃってて、特に結婚したことによる人間的成長を望んでいないようで、そういう気持ちが変わらないのであれば本当にただの同居だなって、少し残念な感じに思えてしまいました。
記事本文では無理にこじつけてもみたけど、本当のところは、わたしには理解不能のままなのです。