クリぼっちとか

2018年12月17日 日常
 今年もひとり過ごす感じだけど、別に何とも思わず。もうコドモじゃないし、今の生活の中ではわたしにはただの「12月24・25日」であって特別感まるでなし。余計な出費せずに済むことは大助かり。

 これは、自分に準備したり出向いてまで人や何かに関わりたいと思える余裕がないのもある。そういう気力ありまくってるのに何にもないとそれはつまんなく寂しく感じてしまうだろうから。感じられないのは、それでちょうどいいってこと。

 だがしかし、お正月にぼっちだったことは今まで一度も無いので、そうなったらさすがに堪えると思う。精神的に。そうなる予定ではもちろんないけど。

 寄るべきものがこうも違うんですね。でも慣れてきたらだんだんそう言うもんだと思うのかな…。やっぱり時期が来ると寂しく思うのかな。
 年末年始によく体調崩して熱を出すことが多かったので、ひとりになる不安は大きい。傍に居なくともすぐ連絡できる人がひとりはいてほしいかも。死ぬまで、誰か。


 とにかく、(世間と?周囲の人達と?)足並みそろえて何かができないんですよね。やがてできないことにも慣れてしまう年月の長さよ。抗ったってどうにもならない。

味方かあ

2018年12月17日 日常
 ロマンチックですね。喜んでいいものなのかな。わたしはそこまで思い切りのいいこと言いませんが。別に陥れようという気じゃなく結果的に裏切りになったらしんどいから。

 良くも悪くも何かに影響受ければ昨日の言葉を翻すくらいには揺り動かされる。化学反応を起こす。それでいいのでは。そういうふうにできてるんだから。

 おおまかに、ゆるく、ふんわりと信じられれば。重力を信じているように。地球は自分で動いていると信じているように。



 必要ない時はバラバラで、いい。ひとりじゃムリなこと協力しあえれば。
 それは一瞬でまた罪悪感に変わって、そう思ってしまう自分の性格の悪さに苦しむ。じゃあ性格いい人になるように努力すればいいのに。したはずなんだけど?あれ、夢だったのかな?


 幸せになることが復讐って言うけど、嫌いな人憎らしい人今となっちゃどうでもいい人が幸せだろうがどうだろうが本気でどうでもいいんだろうなぁ。なにも復讐になりません。どっかで勝手に幸せになってこれ以上しつこく関わらないで(考えないで)くれることが相手にとっての幸せなんだろうから多分。違いない。わたしと同じように、自分に罪悪感を抱かせないでくれることがいちばんなのだろうから。いや、仮に不幸だとしても「おれの(わたしの)せいじゃないし」ってところか。


 まあでも、自分を棚に上げて言っちゃうけど、不幸な人は見てると辛いですね。かわいそうっていうのもおこがましいけど、胸が痛むんです。誰だって最初からそんなはずじゃなかったのにね、って。


 で、もうこれで最後にしたいことがあって、自分の目で「結果」を見届けたい。勘違いかもしれないし杞憂かもしれないし、それでも「今そうなんだ」という事実を人伝てじゃなく、自分の足で目で確認したい。それは嫌な仕事で、どうだっていいよと嘘ついて誤魔化しても別に何も困らないんだけど、そうすればようやくけりがついて終われるかなって思った。それでも嫌なのでずるずる先延ばしする率高い。どうしたいのか。

12月15日の日記

2018年12月15日 日常
 疲れた。

滅入る

2018年12月14日 日常
 現実感のない現実に。痛みを感じることでかろうじて…という気持ちが少しだけ分かる気がした。

 でもやっぱり痛いの嫌い。痛くないに越したことないよ、どう考えても。痛み止め(合法)のある時代で良かったって思うもん。






 あなたが幸せならそれはわたしにもうれしいことだと思います。そこまで悲しい人じゃないよわたしも。でも、それはわたしの幸せじゃない、それはちょっとは、ちょっとだけ寂しい。ごめん。関係無いね。何言ってるんだろう。

最後の言葉

2018年12月14日 日常
 いまわのきわ、誰かのそばで誰かに届く言葉を吐いて、その時を迎えられるのだろうか。その時わたしは何て言うんだろうな。


 考えたって仕方ないこと、考えてしまうな。


 お母さんはわたしの娘の名前を、お父さんはお母さんの名前だった。やだ思い出すと苦しい。

とまどっています

2018年12月13日 日常
 心の発達に。

 何かを心から憎しんで自暴自棄になっても、女の身では無差別殺人のような犯罪はできない。通行人を片っ端から刺して回る、銃を手に入れて乱射して回る、そんなの無理ね。


 本当に本当に憎んだただ一人の人にだけ向けるのでしょう。その殺意を。

 相手を同じ「人」だと思っているから。

ここ数年で

2018年12月13日 日常
 史上最高クラスに厳しく苦しい状況の冬な気がする。ずっと若い頃もこんな状況あったけど、なにしろ若かったし怖いもの知らずだったし、いざとなりゃの親がまだ元気で生きていたので、大変だったけど今ほど堪えてなかったかな。だからなんとなく乗り越えれちゃったんだ。

 今は、心はまあ…でも身体に堪えます。さすがに。


 そして、史上最高じゃないけどまたしても悔しく恥ずかしく全てが後の祭り、な状況を、自分が自意識過剰なので実は誰も気にしてない(そもそも気にされるような存在じゃないのに)ようなことでまた脳内心中はいてもたってもでジタバタ走り回ってる。自分で自分がそういう状況に進んでしまったこと選んでしまったこと「仕方ないじゃん」って許せない。
 何気ない会話の中でとうとう「こじらせてますね」ってお言葉もいただいてしまった。そんな正直なあなたがわたしは羨ましいです。

 でももういいよ。もういいーーー。
 長女が今日も家に帰ってきてくれてよかったな、と心から思う。


 生活を依存?しているから、だけじゃないと思う。眩過ぎると見えない、暗闇でだけ分かる、確かな灯りに感じる。

言いたかったこと

2018年10月25日 日常
 よく思われたい、見返りがほしい、と思いながらやることは大抵スルーされるし、自分が考えているようには評価されない、ということ。そういう欲を特に意識していない部分を意外と見てもらえていることがあった、ということ。

 じゃあ、いついかなる時でも無欲で純粋に「(もし相手があるなら相手第一で)良いこと・良いものを目指したい」…とはなれないのもわたしという人間。そういうの「だけ」追い求めることに喜び楽しみをまだ見出せない。わたし頑張ったでしょ!やったでしょ!とアピールして見て見てして、そういう部分を人に認めてもらってナンボ、という気持ちが、どうしても。なんでだろうね。動機が不純。

 もちろん、最初は「やりたくてやっていること」のはずだったのに。あまりにも相手にされないと、やっぱり苦しくなってしまうのです。少しずつ少しずつ削られていく感じ。わたしも結局メンヘラ構ってちゃんか。

 構ってちゃんならまあそれでもいいけど、他の人はずっとスルーし続けられて耐えられるのか。苦しくなってイライラしないのか。そんな人からは離れなさい、って。そう簡単にそんなことできちゃってるのか。こうやって「他の人は…」って、自分じゃない他人の心境を知って安心の足しにしようとしてるのも自分に軸が無いみたい。

 わたしは醜い。醜いから気持ち悪いっていう嫌悪感という嫌われ方をしているのかと思う。別に憎まれる価値も無いと自分では思う。「人がどう思う」からずれてようが、そこをひとりじゃ直せない。でも「本当のこと」を言われてもすぐに理解もできないんだろうな。塞がってる。


 https://www.uta-net.com/song/247549/
 相手に直接言えずにその間ずっと悶悶状態でそんな自分に対して苛苛していた。相手に対しても「なんで!」と苛苛していた。そんなことも時が経ち、結果的に言わなくて良かったかもー、っと、一周回ってそう思えた。一周回らんでもそんなことさっさと気付けよ自分、とも思った。

 今までやらない後悔よりやって後悔、でやってきてしまったけど、別にやらなくても結果後悔しないことが増えてきたと思う。わたしがやりたいことって結局その程度、って分からされてきた。それは散々やらかした後だからそう分かったのかもしれないけどね(爆

 あと、別に大したことしてない自覚あるのに大袈裟に感謝されるのも居心地悪いと思った。そうじゃなくて、わたしが「すごいやった感!」なことにそうしてほしいの…です。噛み合わない。まあいいか。なんにせよ、わたしは求め過ぎてるんですよね。そんな自分はいったい何を与えてあげれてる、返してあげれてる?って考えると、やっぱバランス悪くてしっくりこない。それももっと早く気付けって感じでした。ちゃんと今の自分に対して今の自分には当たり前的ポジションに収まってるもんすね。わたしの場合はそうなのでした。そうでは無い方は、やはりお気の毒です。そういう姿を、誰かが正当に見ててくれていることを。


 http://j-lyric.net/artist/a058564/l046b5e.html

置き場所が無い

2018年10月21日 日常
 CDしかり、書籍しかり。わたしの悪い癖で、部屋の中で(引っ込んでいるハズの、要するに隙間)平らな部分を見付けると取り敢えず積んで、端と端をきちんと揃えておけばよし!みたいにしてるから、猫がジャンプしてはすぐ崩壊する。専用ケースとか買ってくればいいのだろうけど、なんかいつも忘れる。無事買って来れて収納したとしても「何かを高く積み上げるクセ」って多分直らない。現に今直っていない。

 分かっているので、ここ数年はそういう形ある状態で買ってくるのを半年~1年に約10程度に抑えてはいる…けど、それでも追い付かない。次引っ越す時にいい切っ掛けだからもう全部捨てなよと推奨されている。簡単に言うなって。場所に限りがあることはどうにもできないし、選別しなきゃいけないとは自分でも思うけど、それがとても難しい。そもそも今まで引っ越すたびに捨てて来て後悔しているからもう捨てられなくなってしまったので。捨てて後悔したものを集め直したものも結構あり。

 今、なんでも電子マネーとか電子書籍とか、スマホ的な媒体に収めて持つことも可能なので、形ある状態で所有することはもうアナログなのかも。でも電子化されていないものもまだ相当数ある。どうしても欲しくて買ったのだから、また捨ててもまた欲しくなってまた同じもの買ってしまうことも目に見えてる。その時に初回限定盤など絶版廃盤になって値段があがっているとバカバカしいから、最初から持っていた方がいいと言えば、言える。

 こうやってうだうだ言ってられるのもあとどれくらいだろう。いつかはどうにかしなくちゃいけない日は来る。

虚勢

2018年10月20日 日常
 嫌われるのは辛いけど、嫌われること自体は仕方ない。誰からも嫌われない人はいない。自分だって嫌うじゃないか。
 価値が見出せ無くて辛い。認めてほしいことを認めてもらえないのが辛い。仕方ない。価値観はひとそれぞれ。やるだけやったなら、それを自分だけでも認めればいいのでは?


 自分が思って(望んで)いることと現実(事実)が全然違ってたらショックだし、そのことで不安になるのは、極ふつうのこと、あたりまえのこと。当たり前の反応なのだ。

 それを引きずりやすいのはわたしだけの特性でも個性でもなんでもないのだ。

 わたしはごくごく普通の人間。

 それくらいなんだ。

週2で

2018年10月19日 日常
 二女宅へ通っている。上の子の園バス(に乗り降りを見届ける)の見送りとお迎えが主な担当だが、他にはこれといって何も…ってわけではないけど、わたしの場合、それこそ自分の、自宅のことさえ覚束ないので、具体的に頼まれたことしかやらない。気を利かせない。新生児を抱っこしたりミルクを飲ませたり、あとは二女の話相手?
 (わたしが行かない日のが多いので、その他の日はだんなさんのお母さんやうちの長女がもっとマメに痒いところに手が届くように何かと面倒をみてくれている。皆優しいです本当に有難いです)

 結局、なにか大きな仕事をわたしに頼むよりも、隙間ができてしまう時間に取り敢えず呼び出せる要員くらいが禍根が少ないということ。実は言わないだけで不満を持たれているかもしれないけどね。ヘタにケンカしたらここぞとばかりに言われるかもしれない、とは一応想定している。気をつけてケンカしないようにしよう。たとえ何言われても受け流そう。まだ先は長いから。
 

 いろいろ突っ込まれることも多い話だけど、一応、頼まれたことは今まで断ったことないです。わたしの知らないところで話が決まってることは大変に多いです。そんな感じ。

心配される

2018年10月19日 日常
 そして、心の中では「すまないねえ…」と思いながら黙秘したり、……うん…くらいしか言わない。もうそこで最低。だって、なんて言えばいいの。もう絶対心配掛けません、みたいな確約なんてできない。それじゃ嘘付き。また期待(そんなのまだあるの?)裏切るじゃない。これも屁理屈か。

 冷静になれば「ありがとう」と思える。その場では放っといてくれって思う。どういう気持ちから出た行動、なんてもうややこしくなるからそこはスルー。優しさを向けてくれたと信じる。

 わたしの心配事なんて、自分の及ばないことなのに自分に降りかからないように、頼むからこっちに持ってこないでよ、くらいなんだもの。次元低すぎ。自分の心配。あなたのは、そうであってもそれだけじゃないねきっと。


 「同じものを見境なく食べ続ける」こと、また太ってしまうよ(病気になったら)どうするの、との心配。3回くらい同じこと言われた後に、言われたからでなく、食べなくていいや、と思えて終わった。アルコール依存の問題は、一滴も飲まなくなって3ヶ月経って今も欲しくないので今のところ杞憂だった。油断はできないけど。

 以前太ったのは薬のせいって解明してから、それも何度も言ってるのに、それはなかなか信じてくれない。どうしてもわたしが意志が弱くて自堕落だから(まあそれも『わたし』という人間がそうなのかどうかでは間違ってないんだけど)コントロールできないのだ、と知らしめたいような、微かな悪意を感じる。別にいいよ。誰が何言ったってそれは事実なんだから。病気と性格?はどっちが先かなんて分からないでしょう。こういう性格だから病気になった、だけじゃなく、病気のせいでそうなった、っていうのもあると思うので。

 なんか話ずれた。

 あんまり心配掛けないようにしたいです。気持ちはほんとそう。そして、素直になれないけどやっぱりいろんな雑音排除して最後に残るのは「ありがとう」です。

見えない

2018年10月18日 日常
 特技は、見えない敵と闘うこと?

 でも敵って誰?何?か分かってない。実際本物の敵が近くにいたって気付かないと思う。っていうか「仮想敵」さえも想像の中でもハッキリとは思いつけないんですけど。

 わたしは自分が好きで頭疲れさせてるとしか思えないけど、そんなこと好きじゃない。やなかんじ、は自分の中に原因があることと外的要因と両方。思い通りにならないから嫌?軽く嫌っていうのもあるけど、それだけでもなく、思い通りになったってまたすぐ嫌になるのが分かる。どうしたいんでしょう、どうしたいのかが分からない。

 自分の力(努力)は及ばず、状況は変わらない、そういう無力感が嫌なのかも。そういうことに折り合いをつけようともがいてる。自分はまるっきしダメって言い放っちゃうと、一時的には納得しても、そこまで諦めのいい人じゃないんだよなあってまた希望の抜け穴を探そうとしてしまう。


 でも今楽しくないな。楽しくないもんは楽しくない!って、そういうこというと結局自分に返ってくる。あーあ。愛に満ちた生活が欲しいな。実感として。他に何を得たって何も自分の物になんてならないんだもの。
 熱に浮かされるような夏から。生還ー。
 毎年思うんですが、夏ってほんと短いね。夏の間に随分と生き急いじゃったね。

 で、これから訪れる長い長い(過ぎればあっという間の)冬を前に途方に暮れています。現実に生きているのに現実を見たくない、見たくないけど仕方ないなぁ、って。相変わらずなにをするにもどっこいしょ、です。

 寒い時は寒い時の楽しさも確かにある。といいつつ、暑がりなもんで実はまだ全然寒くなく、また着るものに困ってる今日この頃。七分袖って便利。



 今月頭に二女も無事に2人目の子を出産しました。ハンサムな男の子です。今まで自分が見てきた身内の赤ちゃんの中で、初めて「まだ新生児なのに美形って分かる!」って思ったりして、バババカもいいとこ過ぎるか。そりゃ赤ちゃんなんてどの子もかわいい!と思うけどね。ほんとに。
 今回も役所に届を出しに行ったのはわたし。代理人とはいえ責任感じてとても緊張しますね。赤ちゃんは両親の考えた素晴らしい名前をもらい、その一文字一文字に間違いがないかしっかり確認しました。大仕事でした。ふう。


 これから先、またいろいろいろいろ大変なこといっぱいある…って、分かり切ってるけど、それでもまあ、ね。でしょうか。そうだね、うん。



 憂鬱だったり、どうしても幸せと感じられない時もあるけど、そういうことも普通に受け入れてなんとかやってこれてる。わたしがダメでも別に今更あんまり影響ないっていうかほとんど影響ないから、世界のわき役の一人だから大丈夫です。替えはききます。うん。なにも気負う必要なんてなかった(笑)
 そんな感じで、時々また勝手に楽しくなったりうんざりしたり繰り返しながら平和です、今は。


 そして、あんまり食べなくなったーなんて言ってたのに、また執着してしまう食べ物に出会ってしまい、簡単に手に入るので食べたいだけ食べて少し体重増えました。その食べ物が、もうその当時はすごくすごく美味しく感じて食べるの止まらない!って状態だったのに、ある時ふっとそんなに欲しくなくなる日が来るんですねー。あれは不思議。心が付いて行けなくて、心はまだ食べたがっているのに、身体が欲しがらなくなってしまう、そんな時間差も不思議。わたしが無知なだけで、そういう現象にも何か名前付いてそうだけどね。

いよいよ

2018年7月25日 日常
 明日が楽しみにしていたライブの日。いつもチケ番により入場できる順番もあるので難しい時もあるけど、それでもできるだけ前の方行って腕振り上げてる(首にはロゴ入りのタオル。マフラーみたいな)んですが、今回はお連れさんの希望で、後ろの方でまったりな感じになる予定です。それはそれでじっくり聴けていいかも。まだニューアルバムも持っておらず、会場で購入しようと思ってます。売り場見たら他にも欲しいものがいっぱい出てくるに決まってるから…つらいなあ。承認欲求のカタマリの上に物欲の鬼です。いやあね。

 道中の暑さがまた嫌だなぁ。入場までどこかで涼んでようねってことで、早めに合流してたぶんカラオケ行きます(笑)


 この日のために今月はひきこもっていたんだ、って辻褄合わせよう。先月よりかなり節約したと思う。明後日からどうなってしまうのか自分でもわからないな。
 また日記お留守になってしまうかもしれません。次はなるべく機嫌良く戻ってくるようにしますね!もうこの前以上に悪いこと嫌なことそこまで無いと…信じたいですね。
 もう土曜日?!っとびっくらこいてます。木曜日くらいの気持ちでした。曜日感覚までおかしい。おかしくても「困らない」生活がすでにおかしいよね…。
 今、曜日で何か決まりごとがあるのなんて、ゴミ出しくらいなんで、まったくどうしようもないな。燃えるゴミ週3助かります。三女の住む地域なんて週2ってきいてそれもびっくらこきました!出しそびれたりしたら、最長4日かよ?!わたしが住んじゃいけないってことだけはよーーく理解した。夏はいろいろヤバいですからねえ(←おまえだけだろう?!)


 それはそうと、梅サワーできたので二女の家にお嫁に出しました。今回は「マイびん」を持ってきたので(さすがに4l保存瓶は場所に困るらしい)、消毒して移し替えてお渡ししました。夫婦で美味しい!と喜んでくれてわたしも嬉しいです。おしゃまちゃんはまだムリでした(笑)梅がダメだったのか炭酸水がダメだったのか、どっちもかな。そんなキミもいずれコーラだのジンジャーエールだの水のように飲むようになるんだよ。ばあばはしってるんだからね。笑

 そして、切り抜きしっかり頂いてきました!先生には手を合わせてお礼を。きっと瞬間的幸せだけど、気持ちも物もどっちも嬉しいです。宮本さんカッコイイ。「今宵の月…」の若いころも今もどっちもいいなーと思います。確か同年齢なんですよね。それも嬉しい。

 昨日の夜ごはんお代わりし過ぎてまだ何も食べれない。なんかヤバいな。今、冷や奴とたたききゅうりがわたしのブーム食です。夏らしい感じがする。

近況

2018年7月20日 日常 コメント (2)
 相変わらず無職ひきこもりです。暑いので本当に必要最小限しか外出しません。まったく良い御身分ですねと言われても言い返せないです。先日猫が1匹(生まれつき弱かった方)もう11歳ですが、生まれて初めて肛門嚢炎になってしまい、病院に連れて行きました。もっと早く気がついてあげればよかった。
 その後も消毒(抗生剤投与)に通っています。そのままだとどうしても患部をなめてしまうので、エリザベスカラーも借りました。やっぱり痛々しくて、早く治って元気になってほしいです。食欲は大分戻ってきたのでもう少しかな。

 あとはなんか適当です。わたしが食欲が無いわけでもないし、食べ物が無いわけでもないのに、気がつくと一日一食の日が多くなっています。ひとりじゃ食べるのが面倒くさいのかなーという気がするような、感覚がおかしくなってるような。以前もパンのような比較的乾き物を食べたくない時ありましたし、今うちにマーガリンとかバターが無いって言うのもあると思います。ごはんは夜1食分しか炊かないし(うっかりすると半端に余らせてしまうのと電気代を理由に)、買って食べたいほど食べたいものも無いし、もういいよって感じです。何も(前よりも)具合悪くもならないので、別にいいかという感じです。そのうち食べたくなれば、誰に止められても勝手に食べ出すことでしょう。
 お酒も飲まなくなりました。あるのに飲まない。飲みたい気にならなくなった。やっすいアイスコーヒーに舌が慣れました。食べなくても喉は乾くから、毎日氷を作って(やっすいペットボトルの)アイスコーヒー三昧です。

 前髪を分けているのにも大分慣れました。眉毛だけは比較的お手入れしています。あとはノーメイク。日焼け止めすらしません。流れて意味ないし。皮膚はもうどうにもならないとして、髪が結構傷んでしまってると思うので、オイルトリートメント剤をちょっと使ってます。こんなん何年も持ちそう。洗う方は定期的に買わないといけないけど、上につかう(塗る)方ってなんでもわたしのは減りが遅いです。リップクリームだけは別。夏でも唇切れてしまうので保護だいじ。皮膚科に行くほどじゃなくなったのでこれでも進歩。


 そして、今これ書いていて思い出した。雑誌の切り抜きをもらいに行くことを。なんかいろんなことがあって、少しずつ記憶が後ろへ後ろへと追いやられてしまうので、やっぱりメモ代わりにあほなことでもくだらないことでも日記書くのは重要なんじゃないかと思いました。書きたい欲が無くなったこともないけど、メッセージのやり取り(長文め)が入ると、そっちに無い頭使っちゃうので、こっちにまで回す余力がなかった感じでした。あ、今また頭使う文なんて書いてないのになにいってるんだろうって気がしました。恥ずかしい。

 今年の夏はあんまり「元気!」ってならない。

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